ベトナム旅行


ホーチミンとニャチャンのホテル

平成14年4月、長女の婿がベトナムへ、三女の婿がイングランドへと同時に転勤したので、イングランドには14年夏、ベトナムへは15年2月、夫々状況確認のため行ってきました。ここではベトナム旅行の一部ホーチミンとニャチャンのホテルを紹介します。
ベトナムの正式国名はベトナム社会主義共和国、面積は33万平方キロ、日本(37万平方キロ)の九州を除いた広さとほぼ同じ、人口は約7600万人。 この国はビザが必要で小田急線代々木上原駅から徒歩10分のベトナム大使館へ出向いて5000円支払いその場でパスポートにビザ証を記入してもらい、2月12日から2週間、ホーチミンの婿のマンションに4泊してニャチャン→ダナン→フエ→ハノイへと南から北へ国内便と列車で北上してハノイから帰国しました。ベトナムの世界遺産4箇所のうちミーソンを除くフエ・ホイアン・ハロン湾を観ることが出来ました。 今回の旅行は婿がスケジュール表の作成からホテル・現地ツアーの予約と携帯まで持たせてくれたので、安心して旅の楽しさを満喫した旅行でした。
ホーチミン官庁街を望む


バイク・タクシー・バイクタクシ・シクロなど
何処の都市へ行ってもバイクの数の多さと、けたたましさに仰天しました。信号機は殆ど無いので先ず道路横断には相当の勇気が要ることでした。男子も女子もノーヘルメット、排気ガスと日焼け防止のため、忍者のように目の下から顔中を隠したマスクをして忙しく走る、活気に溢れた途上国の姿を垣間見た思いでした。ホーチミンの人口700万に対しバイクの数は350万台とか。2人乗り、3人乗りはざら。あるガイドの話「50CCは殆ど無免許、後方からのクラクションがよく聞こえるようにヘルメットはつけない。バックミラーを付けているいのは自分の顔を見るためで後方を見る為ではない」と。なるほど殆どのバイクにはバックミラーは付いていなかった。

タクシーはメーターが付いているので最も安全な乗り物でした、10km走って約500円。然し道路はバイクがひしめいているので接触事故でも起きないかと心配したが、自然のルールがあるらしく交差点もうまくすり抜け、渋滞することもなかった。追い越しはクラクションで前方の車をどかして通るのがルールのようで日本のように空いている車線を右・左から追い越すという場面はなかった。その代わり追い越し車線など関係なしといった感じで対向車線に出た時はヘッドライトをつけて前方からの車に注意を促して走るといった感じでした。
バイクタクシーは公認ではないようで、観光客を相手に荒稼ぎしているようでした。客を後ろに乗せてカタコト英語を話し、最後にふっかけたドルを要求するので要注意。自転車付き人力車風のシクロは公認されているようだが、のろいので交通の邪魔と次第に縮小されていると聞いたけど料金は安かったです。
 次に困ったのはお金の単位が日本の100倍以上でゼロを2コ取って0.8掛けになる。10万VND(ドン)は800円。硬貨は無く全部ホーチミンさんの肖像画が描かれ色が違うだけ、古ぼけた札は我々にはみな同じように見える。流通はUS$とベトナムVNDだけで日本円は使えない。US$→ベトナムVNDは手数料無しでホテルで両替してもらえる。100US$→1,544,400VNDでした。日本円からの両替は大きな銀行で出来るようです。

食事について
 ベトナム料理はイギリスの不味さに比べ美味しい料理が多かった。地球の歩き方のメニューを指差してオーダーしたがとにかく安い。高級店でも一人1000円程度で満足だった。高級ホテル以外は生水と生野菜には注意を払った。ホテルには湯沸器とサービスのミネラルウオーターが置いてあり旅行用湯沸器は殆ど使わなかった。生春巻き、揚げ春巻きなど日本でも知られているが、海鮮料理の炭火で焼く蛤、エビ、魚など取りたてで絶品でした。


観光
統一会堂(旧大統領官邸)
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1975年4月30日、解放軍が鉄柵を突き破って無血入場してベトナム戦争は終了したが、南ベトナム時代の大統領官邸を公開している。官邸の中で豪華な部屋など、たまたま来客があったようで見られなかったが、地下室には当時の司令室があり沢山の無線機がそのまま陳列してあり、庭には当時の戦車が展示してある。屋上にはヘリポートがあり当時のヘリコプターが展示してあり、ぶら下る人を振り切って飛び発って逃げたヘリコプターをテレビで見た記憶がよみがえりました。

戦争証跡博物館
ベトナム戦争の生々しい凄惨な写真、展示物、遺物を見ることが出来る。故沢田教一氏のビュリッツア賞受賞作品やべトちゃんドクちゃんの二人一体の写真、ホルマリン漬けの奇形胎児、ギロチン台・戦闘機・戦車・7トン爆弾などなど、戦争のむごさ愚かさが実感として心に響き胸をうたれました。
      
故沢田教一氏のビュリッツア賞受賞作品
7トン爆弾
ギロチン台

クチトンネル
 ホーチミン市から北西に約60kmの位置にあるベトナム解放戦線の地下壕、総延長500kmとか、地下4階まであり、司令室、病院、米軍が落とした不発弾を改造して兵器とする修理室などを備え、米軍と戦い抜いた戦跡の一部を歴史的遺跡として公開している。日本語ツアーがあり24US$です。

ニャチャンのリゾートホテル アナ・マンダラ・リゾート
 ベトナムリゾートの代名詞とも言われるニャチャンの町外れに位置するアナ・マンダラ・リゾートは客室数は68と少ないが、200人の従業員がこまめに面倒を見てくれる。平屋建てのヴィラが海岸に沿って木立の中に点在、日本語が通じるホテルです。
エキゾチックな蚊帳付きベッドはちょっと王侯気分。そよ風に誘われてホテル占有の海岸に出ると、まずビーチの白砂に感動、歩くとさくさくと砂がなる。


マリーンスポーツも盛んで、我々は日本人のインストラクターつきのダイビングを楽しんだ。欧米人と一緒のダイビングツアーで約20名が乗船して朝8時ムーン島のモーレイビーチへ向かう。午前中50分、午後50分の2ダイブ、道具はレンタルで昼食つきで1万円と料金は安い。
水深約15mまで潜行。珊瑚も魚も奄美大島とよく似ているが、透明度は奄美大島の与路島には叶わないと思った。環境保全などへの考えも日本などより遅れているようだ。一緒にバデーを組んだ地元のダイバーはウツボに餌をちらつかせ手のひらで遊ばせていた。インターネットの無料サービスはこのホテルだけでした。
      
ダイビングツアー 
ウツボ 
シャコガイ
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