イングランド・バルセロナ旅行


イングランドのダービー市を基点にバルセロナまで

    2004年2月12日、三女ファミリーが住む冬のイギリス生活を実地に体験するため1年半振りに家内と2人で渡英。荷物は30キロスーツケース2個を前日に送ったので楽チンだ。 AM5時40分タクシーで京急久里浜駅へ。55分発特急で青砥7時33分着、41分発の京成に乗る。8時40分第2ターミナル到着。11時30分発のANA便には早過ぎた。 PM2時半、ヒースロー空港着。三女の婿、英夫さんの気配りで34番BCの足が伸ばせる席で12時間の長旅も苦にならなかった。無料のファミリーサポートを付けてもらったので、出口まで日本人と英人の2人に先導してもらい迎えの三女容ちゃんと再会した。ダービー市からヒースロー空港まで200キロを一人で運転して来たのは初めてだそうで、とても感謝。トヨタの友人の家へ立ち寄り、孫の奈々ちゃん・真由ちゃんを伴って懐かしの鈴木邸へ6時頃到着。奈々ちゃんは思わず靴下のまま道路まで駆け寄ってきて抱き合った。 7時頃容ちゃんのカレーライスのもてなしを美味しく頂き、早之は鼻炎のため英夫さんはまだ帰宅してないのに一足早く就寝。妻れい子も8時には床についた。
13日、6時半起床7時、パン・サラダ・もちの朝食。8:30英夫さん出勤。8:40子供たちは容子ママ・大ママの付き添いで学校へ。早之は鼻炎の都合で玄関にて見送り、イギリスのso-net日本語サポートに電話でパソコン通信の設定の協力をしてもらう。10:30頃から容子ママ・大ママは陶器の里へ。午後3時半、小学校の退校時は校門まで父兄が迎えに行くのがイギリスのきまりで沢山の人が集まっていた。容子ママは顔見知りの英人と気軽に挨拶してすっかりこの地に溶け込んでいるのが頼もしい。皆が帰ったあと教室を見せてもらったが奈々ちゃん・真由ちゃんの作品も他の英人生徒に負けることなく堂々としていた。夕刻、容子ママと早之は車でシテイのバンクATMを利用すべくれい子名義のバンクカードを持って、勇んで出かけたがどの機械も受け付けてくれない。
ロウン小学校廊下の掲示板&校舎  霜が降りた社宅前の道路 近くの公園のリス


14日、3時半、2人とも目が覚めたので日記の整理を始める。早之は4時半から7時まで食堂のテーブルのパソコンにしがみつく。こちらではADSLではないので、受信でログオンしてすぐ切断、メールの原稿を書いて一挙に送信のためまた接続して日本へメールを送った。
 奈々ちゃんは毎週土曜日、日本語の補修校で算数と国語の授業を受けているので学校を見せて頂く。ダービーカレッジの教室を借りての授業、政府派遣の校長先生がおられて挨拶した。授業料は年間14万円の由。学校の帰途、サンスベリーマケットでショッピング。店頭に在るATMで早之名義のバンクカードで現金を引き出すことが出来て一安心。飛行機の中で風邪気味となって以来、昨日まですっきりしなかったが今日初めて入浴する。今日も空はどんよりとして午後は雨が降ったりやんだりの天気。然し春はもうすぐ其処まで来ている感じ。水仙はふくらみ、スノードロップという小さく真っ白な草花が可憐に咲いている。夜はゲームをして楽しんだ。
15日、英夫さんが運転して家族全員で9:40スタート、ヨーク市へドライブ。英夫さんは仕事で疲れているだろうに日曜は我々のためご苦労様です。駐車場に車を入れ、中世の城壁の上をウーズ川まで歩き、ローマ時代に造られたクリフォートタワーに登る。中華料理の翆園で昼食、スープ、チャーハン、焼きそばなどどれも美味しかった。こじんまりした街の中心を散策してちょうど来合わせたSL風のトレインバス(久里浜花の国公園と同じ)に乗り鉄道博物館へ。ドーバー海峡のユーロ?号と向かい合って2001年に寄贈の初期の新幹線の車両が展示してあり、客室に入れるのはこの車両だけで人気があるようだった。 子供たちは観光旅行で大人に付き合うのは苦手のようで出発前はなかなか気が進まなかったがここ鉄道博物館ではすっかりご機嫌で場内を走り回っていた。17:00ヨークを出発、容ちゃんと英夫さんが運転を交代して19:00頃帰宅。
ローマ時代に造られたクリフォートタワー外観&屋上から内部を望む・ヨーク市内の観光トレインバス・2001年寄贈の初期の新幹線車両
 
16日、スペイン旅行下見の為イーストミッドランド空港へ。容ちゃんは大きなランダバウトにもすっかり自信をもっていて頼もしい。スパーマーケットへ立ち寄り、ATMにて300ポンドを引き出す。モスバーガー・ケンタッキーで昼食。
 17日、今日から4人でスペイン旅行(英夫さんは会社でお仕事)、7:30雨の中、容ちゃん運転でイーストミッドランド空港へ。ボーイング737の古びた機上で飲み物のリクエストでコーヒとジュースをオーダーしたらこれが有料だった。ピレネー山脈は真っ白な雪に覆われていた。2時間でバルセロナ空港着。バルセロナは1992年オリンピックが開かれ、中学2年生の岩崎恭子が200m平泳ぎで金メダルを取ったところ。ホテルは地下鉄プロベンス駅の近くで感じのいいビジネスホテル。地下鉄でカタルーニャ広場へ、バンクのATMで140ユーロを引き出し、ライエーターナ通りなど散策して昼食兼夕食、スペイン料理野菜サラダ・ムール貝スープ・オプトカスなど。
 18日、9:30頃出発したがデイアゴナール駅まで来て真由ちゃんの気分が悪くなり一旦ホテルへ戻り一休みして11:00再出発。駅の自動販売機で容ちゃん指導により地下鉄・バス共通のワンデーパスを買ったがスペイン語表示で困っていると、犬を連れた英語を話す人の手助けで4歳まで子供は無料と説明してくれた。然し昨日の経験から子供は大人と一緒にゲートに入れば良いと大人3枚分だけ買ったが重宝だった。Paral-Lel駅でケーブルカー(共通券利用で無料)に乗りパルク・モンジュイックの終点下車、ロープウエイが休止中でタクシーにてモンジュイック城へ。軍事博物館には早之だけ入館した。帰りは散歩を楽しみながらケーブルの駅まで下山して地下鉄でドウザサーネス下車、コロンブスの塔などを見て14:20、BugerKingで昼食、奈々・真由ちゃんはおまけが付いてご機嫌。カテドラルまでバスを利用して大聖堂を見学、早之だけ先に一人で帰る。
 19日、有名なサグラダ・ファミリヤ(ヨセフ・マリア・イエスからなる聖家族)見学のため10:20ホテル出発、デイアゴナール駅から北へ3っ目で下車、メトロから地上に出ると眼前に聳え立つ巨大な4本の塔は1882年に着工され現在も延々と工事中の建造物に圧倒される。建築家ガウデイがこの未完の聖堂建築を生涯のライフワークとして継続したが完成は今後100年とも200年とも言われているバルセロナのシンボル。エレベータは長蛇の列だったので薄暗くて肩幅の広さしかない狭い螺旋階段を皆で登り始めた。数百段を登った200mの高さから見下ろす地上の風景に吸い込まれるような印象を受け、やっと地上近く降りてきたとき先頭から出口の扉が閉まっていて外に出られないと言っているとの容ちゃんの通訳にギョッとなったが扉を強く押して問題解決。ピザのビュフェで遅いランチを済ませ、地下鉄5号線でグエル公園へ行く。所々道路の真ん中にエスカレーターが設置された急な坂道を登りやっと頂上近くに着いたが奈々ちゃん・真由ちゃんの姿がない。声を限りに叫んでも応答がないのでママの心配は頂点に達したが、やがてブランコで遊んでいる2人を発見して一安心。グエル公園は一段降りた森の奥に在り我々は道案内の表示どおりに進んで来たが裏口から来てしまったようだ。 ガウデイが夢と幻想を遺憾なく発揮して造った岡本太郎的なグエル公園へ行き、竜やトカゲや多彩色のタイルの波打ったベンチなど、遊び心の公園が世界遺産とか。帰りは正門前から近くのメトロ駅までタクシーを利用した。夕食は途中で買ったパンやサラダで済ませた。子供たちはルームサービスでオムレツなど。
バルセロナ・サグラダ・ファミリヤ(ヨセフ・マリア・イエスからなる聖家族)

 

建築家ガウデイが夢と幻想を遺憾なく発揮して造ったグエル公園(世界遺産)

20日、今日でバルセロナともお別れ。9:00、2人でメトロのプロベンス駅から市場へ向かう。市場では土産に適したものは何も無かったので容ちゃんに勧められたグエン邸を見学した。ルイビトンで買い物をして11:30ホテル着、チェックアウト30分前。 容ちゃんがとても心配して待っていたようだった。12:00ワンボックスタクシーで空港へ。15:15離陸、2時間後イーストミッドランド空港着、ロングステイ駐車場までシャトルバスに乗り、あとは容ちゃん運転で帰宅。すっかりお世話になりました。
21日、容ちゃんは真由ちゃんを伴って日本語補習校入学説明会に出席。英夫さんに旅行のビデオを見せてもらう。ギリシャの船上アトラクションで愉快に踊る奈々ちゃん真由ちゃんの笑顔が忘れられない。午後スーパーマーケット・アスダにショッピングに行く。
22日、11:30、英夫さん運転でA38・M1の高速道路を北に走り2時間後Hodsock gardenのスノードロップ見物に連れて行ってもらう。あいにくの寒さで、気温4度、風も強く一時雪が降ったりしたが広大な庭園を散策して健な気に大地に可憐に咲く小さな草花のかずかずに感動しながら森の散歩など楽しんだ。夕食は英夫さんとの最後の晩餐になるのでミッドランド空港近くの中華料理ドラゴン金龍で会食、広東料理が美味しかった。
23日、久里浜から送った荷物が届いた。今日まで学校もお休みなので、5人で昼近くマーキントン公園に散歩に行く。リスが沢山いて人懐っこくて可愛かった。午後奈々真由ちゃんとお絵かきなどして14:40シテイのスポーツクラブのプールに出かける。15:00前に入らないと料金がかかるとかで急いで出かけた。奈々ちゃんにバタフライはどうするのと聞かれ足のキック2回・両手は伸ばしたままで1回と教えると、すぐマスターした。真由ちゃんは背泳ぎで初めて手の回転が出来た。夕食は自宅でシャブシャブの日本料理。 こちらではオリエンタルブームが起きているようで空手が流行っているとか。スペインではクレヨンシンチャンをプリントしたランドセルを背負っている児童を見かけた。スポーツクラブに行ったら平穏、平和、寛ぎ、調和と壁に大文字の表示板が飾ってあり微笑ましく思った。
24日、朝5時頃から食堂に電話線を延長してダイニングテーブルでメールの送受信をするのが習慣になった。パパは8:30頃車で出勤、今日から小学校が始まり8:40頃奈々・真由ちゃんママと一緒に学校へ。それから我々の朝食が終わって、れい子7ポンドの小皿を落として割ってしまう。容子ママとれい子は10:20頃ショッピングにでかけた。早之はパソコンでKNOB会の原稿、洋光だより35号のイギリス日記作成のため留守番。英夫さんが昼食のため帰宅したのでラーメンとお餅の支度をさせてしまった。れい子と大ママはアウトレットの紅茶屋さん、クッション・ベッド用テーブルなど3箇所でショッピングして14:30頃帰宅、15:30容子ママ子供引取りのため学校へ。16:15頃奈々ちゃんの英語の先生来宅、10分程度一緒にレッスンを受ける。 真由ちゃんは朝出かけるときはちょっと緊張気味だったが学校が終わってそのままバレー教室に行き帰ってきた時はご機嫌だった。
25日、我々2人で学校へ送ってゆく。マジョリーさんがいつものように窓から手を振ってくれていた。容ちゃん運転、早之はスポーツクラブで1時間半水泳、ほとんど1レーン専用で連続1000m泳ぐ。クラブ内でサンドイッチの昼食をとり待っていると約束通り市庁舎や教会などの見物を終わって13:20迎えに来てくれた2人と一旦帰宅、小休止後3人で14:00近くのマジョリーさん宅を訪問、自宅が陶器のコレクションで部屋いっぱいに飾られた博物館の様な部屋で美味しい紅茶を頂きAYNSLEYの小皿を頂いて辞去、そのまま奈々・真由ちゃんを迎えに学校へ行く。夕食はすずきの焼き魚で舌ずつみ。 室内は給湯ボイラの温水暖房で快適な暮らしで寒さを知らないけど、英夫さん19:30頃帰宅、外気温はー4度でひどい寒さと報告。食後お雛様のひな壇取付けをする。
Hodsock gardenのスノードロップ      &      マジョリーさん宅訪問

26日、早之学校へ送って行くと帰りを待ち受けていたマジョリーさんが近寄ってきて私に名刺を手渡してくれたので名刺の交換をした。容ちゃんは9:30頃英語の教室に出かけた。スーツケースのパッキングを済ませたあとも早之は12:00までパソコン。3人でおにぎり昼食をすませ13:07容ちゃん運転でヒースロー空港へ。途中1時間ほど渋滞に巻き込まれたが原因はパトカーに先導された橋の桁を運ぶ大トレーラーのせいだった。
16:40チェックイン、2階のファーストフードで一休みして容ちゃんに財布のキャシバックの手伝いをしてもらってお別れ、本当にお世話になりました。
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