南フランス他・グループ旅行


魅惑の南フランス・中央山岳地帯・アルザス探訪

     旅日記 (平成13年6月18日〜6月29日)

        ダイビング仲間で元ルフトハンザ航空勤務の佐伯さんがツアーを募ったので参加した時の旅行記です。


6月18日 出発当日

5:00発京急一番電車で京成青砥駅の同じホームで乗り換え、成田第2空港8時着。
ルフトハンザ航空LH711便10:05発は20分ほど遅れたが、スムーズに離陸、約12時間のフライトでフランクフルト到着。関空から一足先に着かれた佐伯さんに迎えて頂き、皆さんと合流し、紹介していただく。古閑さんから皆さんそれぞれの繋がりを聞いて安心する。現地時間16:35、LH412便でニースへ出発、2時間弱のフライトで18:10ニース着。空港では佐伯さんの友人マリリン・シュトック(Frau.Maryle'ne Stock)さんと7カ国語を話すフランス人ガイド、背の高い学者風のピーター(Peter Beckregg)さんが我々を迎えてくれた。

 世界の保養地ニースは地中海に面し、車も多く海岸線の美しさが印象に残る。海岸は白砂ではなく親指の頭ほどの石で埋め尽くされていた。太陽がまぶしい。バスは海岸にそって走り、ホテル・ネグレスコの前を通過してUターン、我々の宿10階建てのHotel Mercure前で止った。夕食はレストランCanne a Sucreでニースサラダなど。機内のハンバーガーがまだ消化されていない、美味しくて、つい丸ごと食べてしまたのが残念。憧れの南フランスに着いた感触を味わいながら、夕食後、暗くなった海辺を散歩した。日暮れは10時半頃のようだ。

19日 火曜日 晴れ プロバンス地方
 朝食前の散歩にホテル・ネグレスコのホールを見学。昨日、佐伯さんの通訳で、特別スイートは1泊20万フラン(340万円)世界一高いと説明があったが、内部の豪華さに驚いた。まるで宮殿に入ったような造りとなっている。パンフレットを貰ってきたが、その説明によるとオープンは1913年、エリザベス女王や昭和天皇、トルーマン大統領、ウインストン・チャーチル卿など世界中の著名人がサロンとして利用している。

 7:00、豪華な朝食を済ませて8:00、「魅惑の南フランス、中央山岳地帯、アルザス探訪」の観光へ出発。ドライバーはアルジェリア出身のアリさん28歳。バスは55人乗りの大型で乗客は18人、最後部席が空いてたので私が座り、家内は一つ前に陣取った。この席が暗黙の了解?となり旅の終わりまでスーパーシートを独占して、申し訳ありませんでした。お陰で持病の腰痛発作も起きなかったが、朝は快適の車内も冷房の調子が悪く午後はチョー暑かった。

 バスは先ずGrasse (グラース)の香水工場Fragonard(フラゴナール)を9:30から一時間弱見学。  「グラースは1年中バラ、ラベンダー、スミレなどの花に包まれる香水の町、世界で活躍する調香師の大半はグラース出身と言われる。・・・古閑氏アルバムより」

 ナポレオン街道(皇帝ナポレオンが1815年エルバ島の亡命生活から野望を抱いて帰還した行路を再現したもの)を走り、やがて山岳道路に入りクロス湖を見下ろすビューポイントで写真撮影

 眼下に見えるクロス湖はコバルトブルーの鏡のように静かな水面で、浮かぶ舟も小さく絵のような光景だった。Castellane (カステラーネ)−Mousteirs Ste Marie(ムステア.サンテ.マリイ)で昼食、13:10〜14:40。ピザを6人で3枚、つまり2人でシェアーして食べるつもりだったが、店では人数分焼いてしまい食べ切れず、バスに持ち帰ったがアリさんも食事が終わった後だった。土産用の匂い袋ポプリを大量に買い込む。

 Riez(リーツ)-Allemagn en Provence(アレマネ.プロバンス)-Vinon sur Verdon(ヴィノ.スウア.ヴェルドン)-  15:20プラタナスの茂る広い並木道が印象的なAix-en-Provence(エクサン.プロバンス)に到着、バスから最後にちょっと遅れて降りたら誰も居ない。きょろきょろしていると地下道をくぐって行けと親切な人が教えてくれた。ミラボー大通りでやっと追いつき、ピーターさんに連れられ、狭い道を抜けながら旧市街の中心に出て、サン・ソーブール大聖堂を見学して解散。出店で飲んだジュースが美味しかった。グレ ープフルーツ3個を輪切りにしてその場で絞り、ジュースにして18フラン(約300円)。集合はドゴール将軍広場で下車した場所に16:45。

 Lourmarin(ルウアマリン)の葡萄畑に囲まれた一軒宿、 Hotel De Guilles は "南仏プロバンスの12ヶ月”(ピーター・メイル著 池央耿訳 河出書房出版社 )に描かれたところの一部らしい。周りには何処にも家は見当たらない。葡萄の栽培は日本と違って棚は無く、高さ1m位で収穫は季節労働者が大きな背負いかごで摘み取るようだ。

 ホテルは敷地も広く、バックヤードにはテニスコートやプールがありピーターさんは早速泳いでいた。一部3階建、古風で別荘風の由緒ありげな建物で外壁は蔦で覆われ、こった造りとなっている。室内の調度品もアンティーク、リゾート気分でゆっくり2〜3泊してみたいと思った。 夕食は20:00時からホテルのレストランで。子牛の肉料理など、どれも美味しかった。


20日 水曜日 晴れ ラングドック・ルーション地方

 朝食は庭のプールを眺めながらカフェ風のレストランで、ふんだんに盛られたサクランボを堪能。マリリンさんはサクランボのイヤリングで、茶目っ気たっぷりで可愛かった。

 8:30ホテル出発、Avignon(アビニヨン)に向かう。 アビニヨンは人口18,000人。有料駐車場にバスを停め、徒歩で丘の上の公園に登り、ノートル・ダム・デ・ドン大聖堂や眼下に見えるローヌ川のサンベネゼ橋(1177年ベネゼという牧童が献金のマネーで10年の歳月をかけて完成したが、川の氾濫で今は川の中ほどで途切れている。別名アビニヨンの橋)をバックに写真撮影。

 10:50アビニヨン出発、Ponts du Gard(ポン.ドウ.ギャール)へ向かう。この橋は紀元前19年のローマ時代に、ユゼスからニームまで、水道を引くために造られた大水道橋で、長さ275m高さ49m、石造りの3層のアーチで構成され、世界遺産に登録されている。橋に近づくとその雄大さに圧倒された。眼下にはローヌ川の支流ガルドン川が満々と水をたたえている。かって万里の長城も見たが、雄姿の偉大さ、技術の高さは抜群と思った。


 12:00ポン.ドウ.ギャール出発、フランス最古のローマ都市Nime(ニーム)に向かう。ニームでは紀元前一世紀の後期に造られた円形闘技場を見学。

 最長直径133m、最短直径101m、24,000名収容。内部は足場を組み補修工事が行われていた。ここは現存する闘技場の中では9番目の大きさ(フランス政府観光局資料)でローマのコロッセオの長軸190m高さ約57mに比べるとやや小さいが、保存状態は世界一とか。昼食は皆さんと別れ、サンドイッチを買い公園の日陰で食べる。気温は30度に達しているが湿度が低く、からっとして日陰にいると爽やか。

 14:30ニームを出発、Arles(アルル)に向かう。アルルは人口7万人。ローマ時代には首都が置かれたが、三世紀にリヨンに移された由。サン・トロフィーム僧院の回廊を見学する。北と東のロマネスク式回廊は12世紀後半、南と西のゴシック式回廊は14世紀の建築。彫刻装飾は見ごたえ十分だった。此処でプロバンスともお別れ。

  Montpellier(モンペリエ)-Beziers(ベジュエ)のHotel Imperator着18:20。 ホテルには蔦の茂った狭い中庭があり、部屋の浴室は5〜6段の階段を上って使用する変わった構造となっていた。夕食は20:00から23:00まで。ホテル前の車道を渡ったプラタナスの茂る広い分離帯に設営された仮設のテント張りレストラン。コース料理らしいが、待たされる時間が長く疲れた。

21日 木曜日 晴れ ミデイ・ピレネ地方

 朝食はパン2個8:00ホテル出発。ホテル前の道路でスーツケースを積み込んでると車が渋滞してクラクションを鳴らされ、アリさん急いでUターン、50m以上も離れた反対側で待って出発した。彼の親切が有難い。

 Beziers- Narbonne (ナルボンヌ)− Carcasonne(カルカッソンヌ)9:20着。「カルカッソンヌを見ずして死ぬな」と称えられるヨ-ロッパ最大の城塞都市。オード川の土手の頂きに延々と続く石の壁。所々に突出する円錐形の屋根を持つ塔・・・ヨソ者を威圧する城内は「シテ」と呼ばれ、現在は城壁内に千人(観光局資料)が住む町になっている。夜はライトアップされる模様。スペインとの宗教的な争い・領土をめぐる争いに備え、城壁は二重構造となっている。城壁内にはホテルや土産物店が狭い路地にひしめいていた。サン・ナゼール寺院を見学して、初めて少しの時間ショッピングが許され、皆さん大急ぎでレース編みやTシャツなど買い込んだ。10:40下城。

 車は山脈を越え、途中Mazame(マザーメ)の町を見下ろす景観のよいポイントで停車して写真撮影。桑原さんは発車してすぐ、ハンドバッグを置き忘れたことに気がつき、無事でよかった。
 -Castres(カストウレ)12:30。市長が暗殺されたとか、人口4万人の由。

 13:10、人口5万人のAlbi(アルビ)到着。
巨大なレンガ造りのサント・セシル大聖堂見学。1282年着工の大聖堂は善悪二元論を中心とした信仰に帰依したカタリ派はカトリックから激しい弾圧を受け、十字軍によって総てを破壊された。そしてカトリックの権威を示すために建設された。

 ロートレックは此処の出身で、ツールズの王家の出身、血族結婚により9歳の時から半身不随となり40歳でアルコール中毒死をとげた由。
 「ピレネー山脈(スペイン国境50km)とプロバンス地方に挟まれた地中海に面しているのがラングドック(アルビ)地方、近くのトゥールーズは、今ではフランス航空工業の目玉(エアバス)の生産基地である・・・古閑氏アルバムより」

 昼食はマリリンさん、佐伯さん、古閑氏らと半地下室のレストランでサラダ、ピザ、スパゲッテイなどを注文。14:40アルビ出発。

 15:20、Cordes(コルド)天空の村へ。1222年から7年の歳月をかけて造られた城塞都市。此処はキリスト教から迫害を受けたカタリ派の逃げ場であったらしい。狭い門の上部には古びた15世紀の時計が見られた。急な坂を登る。途中、リンデ(菩提樹)の大木があった。

 -Caussade(カッサデ)-Cahors(カオア)泊まり。 カオアは中州に出来た人口7万人
の都市。ホテルは5階建てのInterhotel de France。夕食は駅舎の中にあるレストランでスープ、合鴨、ケーキ、コーヒーなど。

22日 金曜日 晴れ オーベルニュー、ローヌ・アルプ地方

Cahors(カオア)7:40出発 Figeac(フィジュャック)トイレ休憩-Aurillac(オウリヤック)-Murat(ミュラ)-
 スーパーでピクニック用昼食の買出しをして、山あいのスキー場の麓の野外テーブルを囲み、思い思いに陣を取り、フランスパンに生ハム、野菜を巻いて食べる昼食。風情があって楽しかった。

 13:30、St.Flour(サン.フルール)着、教会見学30分。-Le Puy(ル.ピュイ)15:30着、高台の教会を自由見学。遠くの丘の上にたつレンガ色のNotre Dame France のモニュメントがまぶしく輝いていた。ルピュイ出発17:00- Vienne(ヴィエンヌ)泊。宿泊はHotel Central。

 「ローヌ川のほとり、ブルゴーニュとプロバンスを結ぶ位置にあるこの町はローマ時代には交通の要衝として栄えた所。今でもあちこちに当時の名残、ローマ劇場などが残っている。・・・古閑氏アルバムより」
 夕食はホテル近くのレストランLe Eloitre。前菜は卵をくり抜いたこったつくり、デザートは角皿にアレンジした、こったつくりのアイスクリームで美味しかった。

23日 土曜日 晴れ ブルゴーニュ地方

朝の散歩に行きたいがホテルの玄関ドアーは施錠され、外に出ることが出来ない。鍵を探して勝手にあけてローヌ川岸まで歩く。 Vienne駅前からホテル近くまで4〜500mの道路いっぱいに朝市が開かれ、オレンジを買った。

  Vienne発 - Lyon(リヨン)9:00着。リヨンはフランス第2の都市。フランス革命時、王家に味方して多数の人が革命軍に殺された由。パリ〜リヨン間はTGVが始めて運行され、最初500kmを2時間で走った由。プラス.ベルクール広場でバスを降りてソーヌ川を渡り、サン・ジャン教会を見学して、9:45リヨンとお別れ。

 10:20ドライブインでトイレ休憩したとき、背番号8NAKATAと書かれたサッカー日本代表のユニフォームを着たフランス青年の中田ファンと出会った。高山さんが彼に尋ねると中田フアンなのでヘアースタイルも真似ていると答えた由。
 Tournus(トウルヌ)でハイウエイを11:10出発、9世紀に建てられた教会を見学。 「ソーヌ川のほとりにたたずむ静かな町、ソーヌの流れはローヌのゆったりした流れに対して、さらさらとせせらぎの印象(サン・フィリベールSt-Philibert)という10〜11世紀の古い教会 太い柱はまるで歴史の重みを支えるかのように天井を支えている。・・・古閑氏アルバムより」

 Beaune(ボーヌ)13:05着。パーキングブースで15:15まで自由解散。町には朝市が出ていたようで、テントの解体と清掃で埃りっぽかった。我々2人は昼食を簡単に済ませ、施療院を見学した。33F(560円)。此処は貧しい人々を救済するために1443年設立、1971年まで病院として使用されていた。維持費は施療院が所有する、ぶどう園や製塩所の収益でまかなわれていた。

 当時の様子を再現した人形や病床ベッド、厨房設備などを見学。幾何学模様の屋根瓦はブルゴーニュ独特のもの。  ウインドショッピングでぶらぶら街を歩いていると、3人連れのフランス美女が家内を手招く(黒目が珍しいせいか?)ので一緒に写真を撮った。

 15:50から1時間葡萄畑のなかのワイン博物館を見学、建物は14〜16世紀の建造でかってはブルゴーニュ公の居城。僧院を買い取って共同体工場とした由。
500年前の葡萄人力圧縮機やボトルのコレクションなどを見て、ぶどう祭りのビデオ映画を鑑賞後、17:00出発。今日の宿Dijion(デイジョン)に初めて早い時間に着いた。部屋は610号室。すぐ Hotel Mercureにチェックイン。

18:30頃観光兼食事に徒歩で出発。ノートルダム寺院の建物の角にフクロウの彫刻が有り、それを触っているカップルがいたが、「左手で触ると幸運が訪れるフクロウ」との記事があった。

 ノートル・ダム寺院の正面外壁に多くの人や動物の坐像の珍しい彫刻の説明を受ける。旧ブルゴーニュ公宮殿/フイリップ善良公の塔では歴史的な物語の詳しい説明があった。夕食は20:00からゴシック造りの高級地下レストランDame d'Aquitaine(ダムダキテン)で葡萄の葉で育ったブルゴーニュ特産のエスカルゴ、ワインで煮込んだ肉料理、炎のアイスクリームなど。半球形の金属性蓋をパッと開く動作など、フランス料理を心から楽しんだ夕べであった。帰りはアリさんらと30分以上片言英語の会話をして、大笑いしながら8人連れでホテルまで徒歩で帰った。



24日 日曜日 晴れ  フランシュコンテ、アルザス地方

8:10、Dijion(デイジョン) 出発。-Dole(ドール) - Besanon(ヴゥサンソーン)の散歩を取りやめ、Belfort(ベルフォール)に変更したいと発表があり、景色の良い丘陵の道を走ること、ほぼ2時間のドライブ。Gerardme Lake(シャーメイア レイク)湖畔の日陰でピクニック昼食。14:00頃出発、草原の道を走り、ハイキングの場所を探したが、Sommet du Hohneck山(海抜1336m)までバスで登ることになり、遠くの山々まで見渡せる山頂でパノラマの写真撮影。駐車場にはレストランが1軒あるのみ、トイレだけ拝借。日曜日のせいか大混雑していた。

 次にチーズ工場を見学して、15:40出発。16:30、Colmar(コールマール)到着。- Vesoul -Luxeuil les Bains-Remiremont - Geradmer
- Col de la Schlucht-Munster-Colmar ウンターリンデン美術館入館。特別鑑賞に値する《イーゼンハイム祭壇画》 …多翼祭壇画を皆で鑑賞。

 ドミニコ派聖堂の”バラ園の聖母”鑑賞は、孫の一人が今年、東京の聖ドミニコ学園の小学部に入学したので資料収集のため希望して入場(有料)した。18:40レストランLa Ferme Elter(エルター)着。ここはアルザスの名物ザワークラウド(発酵させたキャベツの千切り)が珍しかった。山本さんは大好きだそうだ。

 ピーターさん・アリさんとは今日でお別れとなるので、彼らの最後の晩餐のため、予め、皆で集めたチップを佐伯さんからアリさんに日本円で渡した。アリさんは「このお金はタバコや酒などには使わず、貯金して家を建てる資金に使います。」と挨拶したので皆、感動した。ピーターさんはガイド費用に含まれているからとのことで、その分もアリさんに渡した。

 Erstein(エルシュテン)の宿、Hotel Crystalには21:30に到着。スーツケースを降ろして、帰ってゆくバスを見送ってピーターさん・アリさんに別れを告げた。大変お世話になりました。
 22:00から皆さん揃ってマリリンさんの部屋に集まり、マリリンさんとお姉さんご夫妻のFinnel(フィネル)Seff(セッフ)さんに各自それぞれ、日本から持参したプレゼントをお渡しした。

25日 月曜日 晴れ アルザス地方

 8:30、マリリンさんが準備した冷房完備の真新しい25人乗りバスがお出迎え。車体にはアルザス名物のコウノトリ(仏名cigoncsi-シーゴン・英名Stork)が描かれている。ドライバーはジョン.ポールさん。
 マリリンさんの案内で、楽しみにしていた3日間のアルザス観光が今日から始まる。

先ず、程近いライン川を渡りUターン。いとも簡単に、国境を超えドイツに渡ったことになるそうだ。綺麗に整備された平坦なワイン街道を走り、次にDiebolsheim(ディボルスハイム)村のロータリーに児童人形のシーソと周りに花々を飾ったポイントで写真撮影。

 次はエーバンミンスター村の、モスクの様な丸型の尖塔が3か所あるのは珍しいという教会を参観。教会の天井にはフレスコ画が綺麗に描かれていた。どんな小さな村でも教会中心に開けてる由。
 11:00、Haut Kcenigbourg(オート・ケーニヒスブルク)城は標高720mの頂上にあり、快晴のアルザス平野が見渡せた。中世の城を皇帝ウイリヘルム二世が再建したとされる。城内には入らず周りを見学する。地元の小学生が多数ハイキングで立ち寄っていた。11:40下山。

 円筒の塔が見えるカイザー城の麓の町カイゼルスベルクでは、高い屋根のてっ辺に巣を作り子育てに励むコウノトリが見られた。

コウノトリが空を飛んでる姿を見た家内は大いに感動した様子。撮影しようとして慌てた瞬間にデジカメを落として破損させた。帰国後、カメラには3年間の事故保証を付けたことを思い出し、購入したラオックスに無償修理を依頼した。

 1923年ノーベル賞受賞のシュバイツアー博士の生誕地であるカイゼルスベルクで観光兼昼食、12:15〜13:45。古閑氏らとピザの専門店でピザを注文して美味しく頂いた。
 アルザスの葡萄畑の真ん中に位置するリRibeauville(リクヴイール)の町を観光、タウンホールからドルダータワー(門)まで緩慢な登り坂の通りが町の中心となっている。門には鐘楼が付いており6階建て位の細長い塔となっている。時計がついていたが午後2時30分を示していた。

 Hubert Laugnerのワイン工場訪問。9代目の社長からアルザスワインについて種々説明を受け、貴腐ワインTokai Bend Tardives 65フラン2本詰めを購入した。
 17:30頃ホテルへ帰着。夕食はホテルで19:00〜21:00。パイ風オムレツ、雄鶏と焼きウドン風スパゲッテイ、デザートはチーズとアイスクリーム。マリリンのお姉さんご夫妻Finnel(フイネル)さん・Seff(セッフ)さんも参加された。家内が日本茶を携帯用湯沸し器で、沸かして試飲してもらったが、フィネルさんはお代わりをされたが、マリリンさんは嫌いだそうだ。

  26日 火曜日 晴れ アルザス地方

7:30朝食、8:30出発。高速道路を南に下り、ジョン.ポールさんの自宅前で車中から奥さん、娘さん、お孫さんとお会いして、 フランス革命から続いているというビスケット類のお菓子工場見学、お菓子のほか、ランチョンマットや土産品を買う。

10:30、古閑氏らがスーパーでピクニック用昼食の買い物をして、Barr(バール)の市庁舎の写真撮影。
 月曜日でも開業している銀行でマネーチェンジ。1万円=562フラン(1フラン≒18円)、まとめてチェンジした方が得だ。コミッション費24フラン。

 修道院オデイルに向かう途中、ドイツトウヒの茂る森の中でピクニック昼食。そこにはコンクリート製の塔があり105段の内部螺旋階段を上ると遠くの山の嶺々が絵のように望まれ壮観だった。近くの森には羊の群れが現れ、羊をバックに写真撮影して13:20出発。
 標高770mのMont Ste Odile(サント・オデイル)山頂に聳える大修道院を見学。盲目の少女オデールが湧き水で目を洗うと18才になった時、目が見えるようになった由。オデールは聖女となりアルザスの守護神となってるとか。中庭と修道院内には瞳を書いた本を手にする聖女の像が見られた。前庭にある噴水の水で目を洗うと目が良くなるとのことで、外人に混じって目を洗い祈った。
15:15〜17:15、綺麗な町Obernai(オーバーネイ)でショッピング。
 夕食はKrautergersheim(クラウテアゲァハイム)にあるフィネル・セッツさんのお宅に招待される。
近くの墓地に眠るマリリンさんたちの父君の墓参りをした後、広い敷地の裏庭や水車のある旧宅?を拝見。前庭でワインをご馳走になっていると続々とファミリーが集まってきた。マリリンさんの妹(シスターの服)さん、フィネルさんの2人の息子夫妻、娘夫妻、お孫さん4人。まず、玄関前の広場ではワインとサンドイッチが振舞われ、メインの食事は車庫に一列にテーブルがセットされ、ワインやご馳走が運ばれた。リゾットの料理もあり、特に冠の形に焼いたパイにマッシュルームがたくさん入ったクリームソースをたっぷりかけたBouchee a la rein(ヴッシイアラレインス、王女のパイ)は珍しくて美味しかった。3色アイスクリームも美味しかった。
「ビールの後はキデン何を飲むかと聞かれれば Champagneを と応える セッフお父さん ドンペリより美味しいChampagneだよと ポンポンと何本も開けて しかも ピンクのChampagneも ず〜と最後まで注いで回っておられた 感謝&感謝 Merci & Merci ・・・古閑氏のアルバムより」
家族と我々で約30名の食事の仕度は大変だったと思うが、親身になってもてなしてくれたことは一生心に残る。お孫さんたちもおおはしゃぎで、我々も一緒に楽しむことが出来た。子供たちは、走り出した我々のバスを追いかけて見送ってくれた。

27日 水曜日 朝のうち曇り 晴れ アルザス地方

今日でアルザスともお別れ。ドイツ的色合いの残るアルザス地方は、木組みの家々が多く、窓辺に美しく飾られれた花々、コウノトリが生息するメルヘンの里であり、中世にタイムスリップしたままの姿を感じた。
 フィネルさんの案内で、ストラスブールの観光。イル川の橋を渡ってプチットフランスの中を歩き、サン・トーマス教会の脇を抜け旧市外センターの大聖堂広場に出て、142mの尖塔を持つストラスブール大聖堂の内部を見学して自由解散。

 「《ストラスブールのバラ色の天使》とポール・クローデルが詩的に表現した大聖堂は、ヨーロッパ北部のゴシック芸術を代表する傑作の一つである 大胆な建築様式を持つこの素晴らしい建造物は、ストラスブールの旧市街を見下ろしてそびえている 最初のノートル・ダム教会が建設されたのは510年頃、おそらく木の建物だった、今の大聖堂は1439年に完成した。高さは142米・・・古閑氏アルバムより」

 ルイヴィトンのバッグの購入については旅の最初から佐伯さんを悩ませていたが、やっと此処で購入できた。日本より2割安で12%の税が還付の予定。14:30大聖堂前に集合してストラスブールを後にした。
 地元のワインセラー見学。家内工業的なご主人は、休みは年間1週間も無いような話をされたのが印象に残った。次から次にお客が訪れていた。

 夕食はホテルでフィネル・セッツさんも参加され、アルザス名物フォアグラ(パンをくり抜きペースト状の肉を詰めてある料理)、アイスバイン(骨付き豚肉の足)、ミューンスターのチーズ、フーゲンスアイスクリームなどなど珍しいものばかりだった。
 夕食が終わり、マリリンさん、姉夫妻ともお別れ。お互いに握手・抱擁して名残りを惜しんだ。  こんな楽しい交流を味わうことが出来たのも、佐伯さんの素晴らしい企画のお陰と感謝しています。

28日 木曜日 曇り フランクフルト経由帰国

 朝早いので朝食は無いものと思っていたが、特別に手配して頂き感謝。7:00ホテル出発。途中トイレ休憩があり一路フランクフルトに向かい、13:45発LH40便で関空へ。13:50発 LH710便で成田へと帰国の途についた。
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